ぺそけん

同人活動記録と日記と旅行記

バンコク旅行・後編

前回までのあらすじ:成田空港から出られない

11:30
「今バス動いてませんよ。電車も完全に止まってます」
「え、じゃあ成田から出られないんですか?
「そうです」

そのときは「まあ台風が通った後だしな」と納得して
おとなしく空港にもどった。
実は私のスマホはネットが使えなくなっていたんだけど
SIMカードを変えたことで設定が変わってしまっていた)
これもきっと台風の影響だろうな、帰ったら直すかくらいの
完全なる舐めプ体勢になっていた。

でも交通機関が動かないとなると話は別だ。
空港のターミナル内に戻ってそのへんの人に聞いてみた。
「すみません、交通機関が動いてないって本当ですか?
今帰国したばっかりで状況がわからないんです。あと携帯使えてますか?」
その人は親切にいろいろ教えてくれたけど、
なにぶん情報がとどこおっていて
とにかく空港から出られないということしか分からないとのこと。

とはいえ空港内で何かを案内しているわけでもなし。
このときになってはじめて、ネットが使えないということは
世界と分断されているということなのだと気づいてあせり、
慌てて成田のWi-Fiを使って携帯の直し方を調べ、ネットを復旧させた。

12:00
さすがにお腹がすいた。
「まあ、ついさっき台風通過したばっかりだし。1時間もすれば帰れるでしょ」
くらいの気持ちでレストランフロアに向かったが、
信じられないくらいの尋常じゃない行列。
セブンイレブンなんかも気が遠くなりそうなくらい並んでいる。
あとそもそも開店していない店も結構あった。
ひとまず列が短いテイクアウトのお寿司屋さんに並ぶ。
もう残っている品物も僅かで、ツナの太巻きを購入。

座って食べられる場所を探すが、
どの通路もあちこち人がびっしり座り込んでいる。
誰一人今の状況を把握できる人はいなかったと思う。
でも誰も怒ったりどなったりしてる人はみかけなかった。
みんな「自然災害だししょうがないね」みたいな感じだった。
誰も責められない。おこってもしょうがない。
トランクの上にタブレットをのせて「あなたの番です」の最終回を
見ている人たちがいたりして、たくましいなぁと思った。

開いている場所を探す道すがら、すいていて品物も豊富に
おいてある売店を発見。
なんとなく野生のカンが働いて、飲料水とカロリー高めのお菓子と
カップラーメンを買い、ラーメンにお湯をもらう。
なんとなくだけど、お寿司はあとに残しておいたほうがいい気がした。

近くの通路に開いている場所を見つけラーメンをすすりながら
ネットで情報を探す。
調べれば調べるほどやばそうな気がしてくる。
そもそも千葉一帯が停電、断水状態。
高速道路も封鎖され、バスは走れない。
下道は地元の人たちが水を求めて車を出していて渋滞で全く動かない。
むしろこの状況でもきちんと稼働している成田空港のほうが
異常なのでは?という気持ちにすらなってくる。


カップスターみそ味がおいしい。

13:00
ラーメンを食べ終わり、今後のことを考える。まだ電車は動かない。
つぎつぎ飛行機が到着してくるアナウンスがながれる。
出る方法がないのに人がはいってくるなんて大丈夫なのかな、と思う。

横になりたくてさらに人のいない通路を探し、見つけた場所に横になる。
そろそろ充電しないと携帯がヤバそうと思いつつ現実逃避に寝る。
このころには「終電までに帰れればいいか」という気持ちになっていた。

15:00
目が覚めても状況は変わっていない。
電源を求めて場所移動。やがてマッジで人のいない
電源を発見する。充電。
私より少し若いくらいの女の子が1人やってきて電源を分け合う。
バスが動き出したと下の階からきこえてきたけれど、
「すごい列だな…どのタイミングで並ぼうかな…」と思ってるうちに
マッハで完売。
どうしようもなくひたすらツイッターで情報収集。

16:30
電車が動き出したとのツイートが流れ始める。
「よっしゃ!今日中に帰れるじゃん!」と完全舐めプモードに。
途中でお腹がすかないようにお寿司を食べ、
「充電がMAXになったら出発しよう♪」と調子にのる。

充電完了後、一緒に電源を使っていた女の子が何も食べ物を
持っていない様子だったので、
さっき買ったお菓子をあげようと思って声かけた。
「私そろそろ行くんでこれよかったらどうぞ」と
ベルギーワッフルを渡すと
「電車乗るなら私もついていっていいですか?」と聞かれる。
旅の仲間は多い方がいいと思い行動を共にすることに。
この人のことは今後Aさんと呼びます。

17:00
トイレを済ませ電車の列にならぶ。
「駅に入る階段すぐそこだし、すぐ帰れそうですね」なんてナメた会話を
していたものの、待てどくらせど列が動かない。

20:00
途中Aさんはセブンティーンアイスを買いに行ったりと
自由な動きを見せるが一行に列は動かず、
3時間で3メートルほどしか進まなかった。
「これ今日中に帰れるのかなぁ」なんて話をしていたら、近くにいた
警備の人が「今日中に電車に乗れる保証はない」といいだす。
Aさんと「これからどうする?」と話し合いになる。
この時点でこういう状況でした。

・電車
列がまったく動かない

・バス
運休。復活の見通したたず

・近くのホテルにとまる
あたりのホテルはすべて埋まってるとアナウンスがはいり断念。
そもそも成田地区が停電と断水でホテルがうまってたらしいので
元々そんなにキャパはなかったと思う。

余談だけどAさんは窮地とは言えついさっき知り合ったばかりの私と
ホテルに泊まるという選択肢を考えてくれて
なんて優しい人だろうと思った。

京急成田駅まで歩いてそこから電車
唯一確実に脱出できる選択肢だが2時間かけて8キロの距離を歩く必要がある。
道中は停電で街灯や信号はついておらず下水が溢れ倒木あり。
途中で登山のような獣道をこえなければいけないという状況。
体力のある男子大学生ですら音を上げたというツイートあり。

・バスと電車の乗り継ぎ
ホテル日航成田の無料送迎バスでホテルまで向かい、
そこから京急成田駅への送迎バスに乗り換えて鉄道に乗り継いで脱出。
これも確実に脱出できる方法と思われたが、ホテル行きのバスがまだ出ているか
わからないのと、宿泊客のためのサービスにただ乗りしていいのか…という
葛藤があった。

芝山千代田駅まで行ってバス乗り継ぎで帰る
これかなり有力な案ではあったものの、グーグルマップをみているうちに
「あれ?このルートいろいろやばくね…?」と気づいたので却下。
そもそも路線バスが運休だったので駅までいけても脱出はできなかったと思われる。

・タクシー、レンタカー
道路が封鎖されていて脱出不可能。
またタクシーは長蛇の列ができてるのに1時間に2台しかこないという
ツイートさえあった。

・空路で大阪や新潟に移動してそこから新幹線で都内へ
そんな金があったらわざわざ成田くんだりまできてLCCで旅行してない

こういう状況だったので、2人で話し合った結果
「不用意に動いて消耗するより、雨風をしのげてきれいなトイレがあって
充電もできる空港で休んで体力を温存したほうがいいだろう。タダだし…」
という結論に。
震災の時も無理に歩いて帰らず翌朝まで待って交通機関が直ってから
帰ればよかったな~と思ったのであのときの反省を生かすことにした。

20:30
そうと決まったら野宿の準備。
2人でユニクロや無印、ドラッグストアにいって装備を調えることに。
Aさんはスカートにヒールの高い靴だったのでショートパンツとサンダルを購入。
雑魚寝ができる装備+もし歩き脱出になっても自力で歩ける装備になった。
私も下着と薄手のパーカー、ボディシートを購入して
機内泊でズタズタになった身体をちょっとはキレイにできてホッとした。

この段階で必需品を売っている店はだいぶ混んでて品切れもかなり目立っていた。
もう売るものなくなって閉店している店もある中、なぜかBAOBAOは営業してた。
通路の人たちみんがカップラーメンをたべてておいしい匂いがすごかった。

21:00
電源があって2人で横になれる場所を探したすえに
私たちが出会った場所に戻ってくる。(エモ~い!)
荷物をおいて、交代でトイレに行って寝られる体制に身支度。
私は幸い機内泊の帰りだったのでアイマスクや耳栓、ネックピロー、
歯磨きセットがあり野宿のための装備は完璧だった。
すっぴんだからメイクおとしてスキンケアする手間もないし…
(それもどうなんだ?)

この段階ではまだそこまで人はいなかった。
私たちがラッキーだったのは早い段階で成田に到着していたこと。
冷静に考えて準備する余裕があった。

野宿の準備は完了したものの、少しでも状況が変わったら帰れるように
2人でツイッターで情報収集をしていた。
このタイミングでハッと気づき、職場に明日休みの連絡をしたら
「どうして空港から出られないの?」とても驚かれ、
「もしかして今のこの状況って外ではニュースになってないのかな?」と思った。
やがてつかれてしまっていつのまにか眠りについた。

22:30
目が覚める。
じっとしてるのもヒマなので交代で偵察にいくことに。
広いターミナルにいくとぐわっと人が増えている。
遅い時間にも関わらず沢山の人がスーツケースをテーブルに酒盛りしてる。
酒をのむしかやることがないのだ。
「今から添乗員モードをやめます!」と宣言してビール飲んでるおじさんもいた。
あとトランプとかウノとか。お土産のお菓子の交換会とかしてる人もあり。
それがいいと思う。
どうせ帰れないならふさぎこんでるより楽しく過ごしたほうがいい。

Aさんのところに戻るけれど眠れないので、お互いどこに旅行に行ってきたのか話をする。
Aさんは好きなアイドルの握手会にいってきたらしい。
その流れで推しの話を聞かせてもらったり、写真を見せてもらったりして楽しく過ごした。
Aさんからもらったアイドルのカードは今でもお守り代わりに大切に持ち歩いている。

そういえば震災のときも、当時住んでた部屋の隣の人におねがいして
一緒に夜を明かすことになって、その人の好きなアイドルの話をきいていた。
好きなものの話は明るい気持ちになる。

0:00
ストールとパーカーをふとんに、ネックピローを枕に
アイマスクや耳栓をしていても床で寝ていると目が覚める。
Aさんと交代で偵察に。
思ったよりもたくさんの人が起きてわいわいしている。
迷子の女の子の手をひきながら2人の警官が歩いている。
若い男性の警官が「さんぽ」を歌っていた。
この時間にはもう自販機の飲み物はほぼ全滅状態だった。

気づけばほぼ全員に寝袋がいきわたっている。
どうやら私たちが寝ている間に配り終えてしまったようだ…。
配布が終わったあともクラッカーと水はご自由にお取りくださいになってたので
それだけもらってAさんの元に帰ることに。
その道中、今まさにもらってきたばかりという感じの寝袋を持ってる人が
向かいから歩いてきたので話しかけてみると、
隣のターミナルならまだ残ってるとのこと。
いろめきたってもらいに行こうと思うが、夜中に1人で隣のターミナルまで
歩いていくのは危険かもしれないと思い断念。

警察犬を連れている警備員の人たちがいた。
シェパードかっっこいい。
ツイッターを見ていると、たまたま目の前にバスがとまって
運良く帰れた人がいた。この脱出ゲームは本当に運ゲーだ。
帰ってAさんと2人でクラッカーをかじる。おいしい。
新潟のほまれであるブルボンのクラッカーだった。最高

2:00
私もAさんも2時間おきに目が覚める。
ちらほらと航空会社の人たちがバックヤードにもどっていくのが見えた。
大変だっただろうな…お疲れ様です。
偵察にいっていたAさんが「吉野家がまだやってる!列ももうない!」と
興奮気味に戻ってくる。
「あったかいもの食べたいよね!」「肉食べたい!」とさっそく向かうと
タッチの差で閉店してしまっていた。
24時間営業なのに…。
崩れ落ちる私の隣で知らんおっさんも崩れ落ちていた。

気を取り直して今度は私が偵察に。
スタッフさんたちがいなくなって開いたカウンターに寝る
たくましい人たちもいた。
通路はちょっと気をつけないと踏んじゃいそうなくらいの人数の人が
横になってた。
ほとんど寝てるけどまだ三分の一くらいは起きていた。

6:00
やっと4時間眠れた。
寝ぼけてぼーっとしていると、偵察に行っていたAさんが
「電車動いてる!今ならすごく列短いよ!」と戻ってくる。
今しかない、と直感して急いで荷物をまとめて立ち去り
トイレにも行かずちょっぱやで電車の列へ。
このときもう半分くらいの人たちはいなくなっていた。
後で知ったことだけど、朝4時にはバスが動いてたらしい。

昨日3時間並んで3メートルしか動かなかったスカイアクセス線の列は
とてもスムーズに進み、並びはじめて5分で電車に乗れた。
「よかった!」「これで帰れるよ!!」と歓喜する私たち。
その後私は途中具合が悪くなって下車して休憩したり、
そうこうしているうちに電車の行き先が変わったりといろいろあったけれど
脱出から3時間後の9時ごろにようやくおうちに帰宅できた。

千葉にいる間はまだよかったけど、都内に来ると普通に出勤時間なので
これから会社にむかう人が多い中を2日間着替えていない
ボロボロの格好で過ごすのはすごく恥ずかしかった。
あと体力がなくなってたのか、電車の揺れでバランスを崩して
知らないおじさんの膝の上に座ってしまった。(すみません…)

帰宅後、すぐに眠りたかったけどそれ以上にとにかく
あたたかいごはんがほしくて、おにぎりと味噌汁を食べた。
あたたかいというだけで食べ物はすごくおいしいんだと思った。

そういうわけで脱出は完了した。
今回よかったことはAさんがいてくれたこと。
状況が状況なので荷物を盗む人はいなかったと思うけど、
それでも安心して大きい荷物を置いて行動できたのと、
2人で交代で情報収集できたのがすごくよかった。

タイにいる3日間現地の人と積極的に英語で話したおかげで
私の中の知らない人とはなすハードルがガンガンに低くなってたのも
功を奏したと思う。
でなければ知らない人に話しかけてお菓子をあげようとか
思わないから…。
Aさんには本当に感謝している…。
これもなにかのご縁と思い、荷物をほどきながら
Aさんの好きなアイドルの動画をみました。
顔が…よかった…。